- ルキウス・アンナエウス・セネカ (古代ローマの哲学者、政治家、劇作家) / 紀元前4年頃 – 紀元65年
Quotidie morimur, cotidie enim demitur aliqua pars vitae.
さあさあ、皆さま、お待ちかね! 本日は「死生観」という、ちょいと深〜いテーマでございま~す! そろばんパチパチ! 「ニイチテンサク」と参りましょう、さいざんす! 本日ご紹介しますのは、古代ローマの賢人、セネカ先生のお言葉でございますよ。
「Quotidie morimur, cotidie enim demitur aliqua pars vitae.」と、ラテン語でこう来るんですから、もうカッコいいのなんのって! 「毎日、毎瞬間、私たちは死に向かう」と訳されますが、これは単に悲観的な言葉ではございませんよ、お客さま! セネカ先生が生きた時代は、ローマ帝国の激動期。いつ何時、命が奪われるか分からない、不安定な時代だったんです。権力闘争、疫病、天災…。そんな過酷な環境の中で、彼はストア派の哲学者として、「どうすれば心の平静を保ち、理性的に生きられるか」を深く探求したんです、さいざんす。
この言葉は、死を遠い未来の出来事としてではなく、常に「今」の隣にあるものと捉える思想を表しています。つまり、人生は有限であるという事実を受け入れ、だからこそ「今この瞬間」をどう生きるか、という切実な問いかけなんです。
これ、日本人の私たちにも通じる感覚がございますね! 「諸行無常」や「もののあはれ」といった日本の美意識は、まさに移ろいゆくものの中に美を見出すという考え方です。桜の花がはかなく散るからこそ、その一瞬の輝きが際立つ…これこそ、「ニシンがサンマ」、心に響く教えでございま~す!
現代社会は情報過多で、あっという間に時間が過ぎていくように感じがち。だからこそ、セネカ先生の言葉は、私たちに立ち止まって「今、この時間をどう生きているか」を問い直すきっかけを与えてくれるでしょう。毎日を漫然と過ごすのではなく、一つ一つの瞬間に意識を向けることで、人生はもっと豊かになるはず、さいざんす! さあ、あなたの「今」は、どんな輝きを放っておりますか?
引用元:セネカ / 「倫理書簡集」 (Epistulae morales ad Lucilium)



