- エチオピアの古いことわざ
ምህረት የማይታወቅ ሲሆን እንደ ወርቅ ውድ ነው
わたくし、かくさんも若い頃はね、本当に食うや食わずの暮らしだった。頼れるものは自分の体と、ほんの少しの人情だけだったよ。そんな中で、誰かに助けられても、それが当たり前じゃなかった。だからこそ、見返りを求めない優しさというものが、どれほど心に染みたか…。
今日紹介するのは、エチオピアの古くからのことわざだ。
『知られぬ慈悲は金より貴い』
この言葉の原文はアムハラ語で、『ምህረት የማይታወቅ ሲሆን እንደ ወርቅ ውድ ነው』となる。エチオピアといえば、広大な大地に乾燥した気候、そして歴史的にも幾多の試練を乗り越えてきた国だ。飢饉や争い、厳しい自然の中で人々は生きてきた。そんな極限状態の共同体では、他人への助け合いがなければ生きていけない。だがね、その助けが、自分への評価や利益のためだったらどうだ?それは慈悲とは言えん。誰にも知られず、ただ困っている者を助ける。その行為こそが、どんな金銀財宝よりも価値があると、彼らは肌身で知っていたんだ。だって、見返りを期待しての行動は、いずれ破綻する。だが、純粋な慈悲は、人々の心を繋ぎ、共同体を支える礎となるんだよ。
今の世の中はどうだ?インターネットを開けば、誰もが自分の善行をアピールしたがる。『見てくれ、俺はこんなに良いことをしたぞ!』と。それが悪いとは言わんが、本当にそれで心が満たされるのかね? 日本にも「陰徳を積む」という素晴らしい考え方がある。誰にも知られずに良い行いをする。これこそが、人間の品格ってもんだ。人が見ていようがいまいが、正しいことをする。困っている人がいれば、そっと手を差し伸べる。そこに損得勘定はいらない。わたくし、かくさんはそう信じてきたし、それが結局、自分自身の精神を豊かにする道だと、肌で感じてきたんだ。
さあ、よし、やろうじゃないか! 誰のためでもなく、自分の心の清らかさのために。人間、度胸と人情だ!
見返りを求めない慈悲の行為は、きっと君の心を強くし、周りをも穏やかにするだろう。どうだい、君も一つ、誰にも知られぬ善行を積んでみないか? きっと、心の底から豊かな気持ちになれるはずだよ。
引用元:エチオピアの口承伝承より



