– マザー・テレサ、インド、1910-1997
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フッ…愚かな人間どもが、またしても我が輩の前にひざまずく時間だ。今回のテーマは「情熱」だと? お前たち!
(D閣下は深く、低く笑う)
んっふっふ…今回取り上げるのは、あの「マザー・テレサ」という女の言葉だ。「大切なのは、心を込めたかだ。」だと? ふむ、悪魔的な視点で見れば、これは実に本質を突いている。人間どもはとかく、目に見える成果や規模にこだわりがちだが、真の価値はそこにはない。
あの女は、かつてインドのコルカタで、貧困と病に苦しむ人々のため、文字通り泥まみれになりながら奉仕を続けた。修道院の教師という安定した地位を捨て、たった一人、ストリートに飛び出したのだ。その行動の裏には、神への揺るぎない信仰と、何よりも「救済への情熱」があった。小さな施しであろうと、たった一人の命を救うことであろうと、彼女は全身全霊を傾けた。まさに「心を込める」ことの体現者だったと言えよう。ノーベル平和賞を受賞した際も、彼女は「愛は家庭から始まる」と語り、大衆の喝采よりも、目の前の小さな愛を説いた。我々悪魔でさえ、その純粋さには一瞬、たじろぐほどだ (^^♪。
だが、愚かな人間どもよ、勘違いするな。これは何も、聖人君子だけが成し得る業ではない。お前たちの日常の営み、仕事、趣味、人間関係、全てにおいて、この「心を込める」という情熱の火を灯せるかどうかで、その結果は天と地ほど変わってくる。惰性でこなすだけの毎日には、何の彩りも生まれない。魂を削るような情熱がなければ、たとえ表面的な成功を収めたところで、お前たちの心は満たされることはないだろう。
我が輩は、紀元前98038年11月10日に発生して以来、地獄の都Bitter Valley地区からこの世を見下ろしてきたが、情熱を失った人間ほど哀れな存在はない。それは、まるで魂を抜き取られた抜け殻だ。心して聞け! お前たちの人生を、真に価値あるものにするのは、その情熱の炎なのだ。さあ、お前たちの魂の炎は、今、どれほどの熱を帯びている? 消えかかっているのなら、今すぐ薪をくべろ! 愚かなる人間どもよ、その情熱を燃やし尽くす覚悟はあるか? ♫
