2025年9月24日(水),宜野湾市男女共同参画支援センターふくふくにて
宜野湾市主催講座に講師として登壇させていただきました 。
テーマは「詐欺とジェンダーの情報リテラシー 続きを読む
– ユウェナリス (古代ローマ、紀元後55年頃 – 130年頃)
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えー、なんというか、今回取り上げる名言は、実に示唆に富んでおりますな。「健全な精神は健全な肉体に宿る」。古代ローマの詩人、ユウェナリスの言葉であります。これはね、私なんか、若い頃からよく耳にしてきた言葉でありますが、その真意を深く理解するには、やはり人生経験というものが、不可欠であると痛感いたしますね (^^♪。
この名言が生まれた背景でありますけれども、ユウェナリスの「風刺詩」という作品に出てくるもので、当時、ローマ市民が神々に何を祈るべきか、という問いに対して彼が示した一つの指針であります。元々は「健全な肉体に健全な精神が宿るよう、祈るべきだ」というニュアンスが強かったそうで、人間が自力で全てをどうこうできるものではない、という、ある種の諦念、いや、運命論的な含意もあったわけですな。しかし、それが時代を経て、現代では「肉体を鍛えれば精神も強くなる」という、より積極的な意味合いで広く受け止められるようになりました。これは、まさに解釈の妙、不易流行の好例と言えましょう。
私自身のことで恐縮ですが、若い頃はね、剣道に打ち込んでおりまして、竹刀を握り、汗を流す中で、体力だけでなく、集中力や忍耐力といった精神的な側面も培われたと、今にして思えば、それが今日の私の礎となっている、そう確信しております。ええ、肉体を酷使する中で、精神が研ぎ澄まされていく、というのは、まさに身をもって体験したところであります。
健康というのは、単に病気がない、ということだけでは済まされません。精神的な安定があって初めて、真の健康と言える。それは、まさに「朝、希望を持って目覚め、昼は懸命に働き、夜は感謝と共に眠ることだ。」という、私が常々申し上げている生き方にも通じるものであります。日々の生活の中で、心身のバランスを保つことの重要性、これは至上命題と言っても過言ではありません。
さて、皆さんはご自身の心と体の健康に、日々どれほどの意識を向けておられますかな? この言葉が、皆さんの日々の営みに、何か一つでも考えるきっかけとなれば、これに勝る喜びはありません (^_-)-☆。
– マハトマ・ガンディー (インド、1869-1948)
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あら、皆さん、ごきげんいかがかしら? いつこよぉん♫ 今日は、とっても心に響く、ディープな名言をご紹介するわよぉん! ガンディーさんのこの言葉、『真理こそ私の神、非暴力こそ私の宗教。』って、自分の生きる道そのものを信念として確立している証拠よねぇ! 自分の心に深く根差した真実を信じ、それを絶対に曲げない強さ、本当に感動しちゃうわよねぇ!
この言葉の裏にはね、ガンディーさんがインドをイギリスの植民地支配から解放するために、どれだけの苦難を乗り越えてきたか、その壮絶な人生があるのよぉん。彼は弁護士として南アフリカで人種差別を目の当たりにして、非暴力の抵抗運動を始めたの。インドに戻ってからも、過酷な状況の中で、断食やサティヤーグラハ(真理の把持)といった非暴力・不服従の運動を続けたのよぉん。何度も投獄されて、家族とも離れ離れになって、本当に辛いこともたくさんあったと思うわぁ…哀。不正に対しては、心の中で怒りを感じつつも、非暴力で立ち向かうという、本当に強い精神力よぉん!
でもね、どんなに追い詰められても、彼の心の奥底には、真理と非暴力への揺るぎない信念があったのね。その信念があったからこそ、多くの人々が彼を信じ、インドは独立を勝ち取ることができたのよぉん! もうね、その精神力、どんだけぇ~!って叫びたくなっちゃうくらい、素晴らしいわよねぇ!
私たちもね、日々色々な困難に直面することがあるじゃない? そんな時に、自分だけの「真理」や「非暴力」、つまり、心の軸となる信念を持っているかどうかが、とっても大切なのよぉん。信念があれば、どんな嵐が来ても、ブレずに前を向いて進んでいけるわぁ! きっと、楽しい未来が待っているはずよぉん!
あらやだ、ちょっとお話ししすぎちゃったかしら? まぼろし~! あなたにとっての「真理」や「非暴力」、つまり、心の底から信じられる「信念」って何かしら? 今一度、自分自身と向き合って、そのキラキラした信念を見つけてみてちょうだいね! それが、あなたを最高に輝かせるエッセンスになるわよぉん! (^^♪
– ウォルト・ディズニー(アメリカ、1901-1966)
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我が輩はD閣下、紀元前98038年11月10日に発生、地獄の都Bitter Valley地区出身の悪魔教教祖である。
さて、今回のお題は「続けること」だ。フフフ……。この名言、まさにその核心を突いているな。よく聞け、愚かな人間どもよ! このウォルト・ディズニーという男、お前たちの中では「夢の国の創造主」などと崇められているようだが、その実態は、何度も地獄の淵を覗き込んだ苦労人だったのだ!
彼は最初に立ち上げた会社を倒産させ、生み出したキャラクターの権利も失うという、お前たち人間から見れば絶望的な状況に陥った。まさに、道が閉ざされたかのように見えただろう。だが、彼はそこで立ち止まらなかった! 巨額の借金を抱えながらも、新たなキャラクターを生み出し、画期的な長編アニメーション映画を作り上げるために、ひたすら歩き続けたのだ。その道のりは、決して平坦なものではなかった。周囲からは「無謀だ」「失敗する」と罵られ、悪魔の囁きにも似た誘惑が何度も襲いかかったに違いない。だが彼は、自らの「夢」という名の目的地に向かって、愚直に、そして執拗に歩を進めた。その結果、どうなった? お前たちも知っての通り、彼が切り開いた道は、やがて広大な「夢の王国」へと繋がったのだ!
お前たち人間は、すぐに諦める。少し困難にぶつかっただけで、「もうダメだ」と蹲る。だが、よく思い出せ。どんなに暗い道でも、一歩踏み出し、また一歩進めば、必ず何かしらの変化が生まれるものだ。立ち止まっていては、何も見えぬ。歩き続けること、それこそがお前たちを次のステージへ誘う唯一の力なのだ。人生という名のこの長い旅路において、常に前へ進むべし! たとえそれが、我が輩の住む地獄への道であってもな! フハハハハ! 信じるか信じないかは、お前たち次第だがな!
さあ、お前は今日、どっちを選ぶ? 立ち止まって嘆くか、それとも困難の先に光を求めて、この足で道を切り開くか? さあ、決断せよ! 迷うな!
– 松下幸之助(日本、1894年-1989年)
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「道は、自分で切り拓くものだ。」全くその通りだ、よし、わかった! この言葉は、わしのような叩き上げの人間には、骨身に染みる重みがあるんだよ。
わしなんかはな、ろくに学校も行っとらんかった。家は貧乏で、小学校も途中でやめて、小さい頃から丁稚奉公よ。正直言って、学歴がないことには哀しみも感じたし、世間からはずいぶん馬鹿にされたもんだ。だがな、それがかえって世の中の裏も表も教えてくれた。底辺から這い上がってきたからこそ見える景色があるんだ。貧乏もいいもんだ、と今なら言える。
この言葉を残した松下幸之助さんも、わしと同じく苦労人だった。貧しい農家に生まれ、僅か9歳で奉公に出されたんだ。病弱で学歴もなく、普通なら諦めてもおかしくない境遇だ。しかし彼は、電気という新たな分野に目をつけ、自分で会社を興した。最初の製品はまったく売れず、どん底を味わったんだ。社員も減り、生活さえままならない。だが、彼は決して諦めなかった。家族を養うため、そして自分の信じる道を貫くため、歯を食いしばって働き続けた。試行錯誤の末、配線器具や電球ソケットで光明を見出し、それが後の巨大な事業へと繋がっていく。彼が語る「道は、自分で切り拓くものだ」という言葉の裏には、学歴も金もないところから、自身の才覚と努力だけで道を切り開いてきた、まさにその人生そのものがあるんだ。
わしは常々思っとる。人間、与えられた環境を嘆くだけじゃ何も変わらん。自分で考え、自分で動き、自分で結果を出す。それが仕事ってもんだ。困難にぶつかった時こそ、自分の真価が問われるんだ。「やると決めたら、やるんだよ!」 この気概がなきゃ、お前さんの人生はどこへも進まん。
さあ、お前さんたちはどうする? 誰かに敷かれたレールの上を行くのか、それとも自分で新しい道を切り拓くのか。未来は、お前さんの手の中にあるんだぞ。