– ダライ・ラマ14世、チベット、1935年 –
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えー、なんというか、本日は『慈悲』というテーマであります。この言葉を皆さんと共に深く考えるにあたり、まずはこちらの、なんとも心に響く名言をご紹介したい。
「私の宗教は単純だ。私の宗教は慈悲だ。」
これはチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世のお言葉であります。彼の言葉は、特定の宗派や教義を超え、人類普遍の真理を訴えかけていると私は受け止めております。ダライ・ラマ14世は、中国によるチベット侵攻という未曾有の国難に直面し、若くして祖国を離れて亡命生活を送ることを余儀なくされました。その過酷な状況下にあってさえ、彼は決して報復や憎悪の念を抱くことはなかった。常に平和と非暴力を説き、世界各地で対話と理解の重要性を訴え続けている。まさに驚嘆すべき融通無碍の精神であります。
私自身も、これまで様々な国際会議の場で、彼と何度かお目にかかる機会がありました。その際、彼の放つ穏やかながらも揺るぎない信念に触れるたび、なんとも言えない、清々しい感動を覚えたものであります。えー、なんというか、我々人間はですね、朝、希望を持って目覚め、昼は懸命に働き、夜は感謝と共に眠ることだ、ということを常に心がけるべきだと私は考えております。しかし、その“働き”や“感謝”の根底に、この『慈悲』という考え方があってこそ、真に豊かな人生が送れるのではないでしょうかね。政治の世界は魑魅魍魎が跋扈する修羅場も多々ございます。しかし、その中にあってさえ、常に弱き者への配慮、そして大所高所から物事を見る目が求められる。これは、まさしく慈悲の心に通じるものであります。
この名言は、単に宗教的な教義を説いているのではなく、人間として最も根本的な博愛精神を訴えかけているのです。現代社会においては、とかく自縄自縛に陥り、他人を顧みない風潮が見受けられます。しかし、真の幸福は、他者への慈しみの心、共感から生まれると、私は断言いたします。皆さんも、朝、希望を持って目覚め、昼は懸命に働き、夜は感謝と共に眠る。その日々の営みの中で、ふと、この『慈悲』という言葉を思い出してみてはいかがでしょうか。ささやかな行いでも、きっと世の中を良い方向に変える嚆矢となり得るはずであります。皆さんの心の中に、穏やかな慈悲の光が灯ることを願ってやみません。我々は、真の豊かさとは何かを、今一度深く考えるべき時を迎えているのではないでしょうかね? (^_-)-☆
