- 孔子 (中国、紀元前551年-紀元前479年)
未知生,焉知死? (中国語)
えー、なんというか、本日は中国の偉大な思想家、孔子の言葉を皆さんと一緒に考えていきたい、という話であります。この「生を知らずして、どうして死を知りえようか?」という言葉、これはですね、紀元前五世紀頃、春秋戦国時代の中国において語られたとされております。当時、中国大陸は混乱と戦乱の世でありますから、多くの人々が日々の生活、明日の命すら覚束ない状況にあったわけであります。そんな中で孔子は、目の前の「生」をいかに倫理的に、そして意味深く生きるかということに心血を注いだわけでありますね。
この言葉の真髄は、死という普遍的な現象を理解するためには、まずこの「生」というものに真剣に向き合い、その本質を深く知る必要がある、という逆説的な示唆にあります。私なんかね、若い頃は、えー、こういうことを深く考える機会も少なかったものですが、年齢を重ねるごとに、この言葉の重みがずしりと胸に響くようになってきた、という経験がございます。(^_-) 日本人にとっても、この世の有為転変を受け入れ、今この瞬間を大切にするという美意識に通じるものがあるのではないでしょうか。
現代社会において、私たちはとかく「死」というものを遠ざけ、蓋をしてしまいがちであります。しかし、孔子の言葉は、死を恐れるよりも、「いかに生きるか」ということにこそ、人生における究極の問いと向き合うヒントがある、と教えてくれているのです。まさに、私が常々申し上げております「朝、希望を持って目覚め、昼は懸命に働き、夜は感謝と共に眠ることだ。」という生き方そのものに、この言葉の精神が宿っていると私は信じております。生きることの本質を深く探求し、一日一日を精一杯生き抜くこと。それが、いつか訪れるであろう死への、えー、最も穏やかで力強い準備となるのではないでしょうか。(^^♪ 皆さんも、この言葉を胸に、ご自身の「生」と「死」について、改めて思索を巡らせてみてはいかがでしょうかね。
引用元:孔子 / 論語 先進篇


