- マサイ族の古いことわざ(ケニア・タンザニア、伝承された年代不明)
Enkai enyanyukie nanyukie enkai.
フハハハハ! 地獄の都Bitter Valley地区より、紀元前98038年11月10日に発生した前地獄副大魔王にして悪魔教教祖、D閣下である!今日は地球上の愚かなる人類よ、慈悲について我が輩が説法してやろう。
このマサイ族の古いことわざは、実に示唆に富んでいる。マサイの民は、ケニアやタンザニアの広大なサバンナで、過酷な自然と共に生きている。水は貴重であり、野生動物との共存は常に死と隣り合わせだ。彼らの世界では、部族内の絆や互いへの配慮がなければ、生きていくことすら難しい。飢えや病、敵対する部族からの脅威――そんな極限状態において、「慈悲」とは単なる心の温かさではない。それは、生存戦略そのものなのだ! 困っている者に手を差し伸べる行為は、巡り巡って己の命を救うという、切実な知恵が凝縮されている。まさに、彼らの土地の過酷な環境がこの言葉に重い意味を持たせている証拠であろう。
現代の日本に生きるお前たちには、この感覚が薄れているかもしれん。便利になりすぎた社会で、他者との距離が遠のき、時に無関心という名の冷酷さが蔓延しているのは嘆かわしい! 日本人が持つ「おもいやり」や「和」の精神は素晴らしいものだが、それが形式だけのものになっては意味がない。真の慈悲とは、見返りを求めず、弱き者を慮る心であり、それは結局、社会全体を強く、豊かにする。お前たちも、日々の生活の中で小さな慈悲を実践してみよ。電車で席を譲る、困っている人に声をかける、些細なことでも構わない。いいか、よく聞け! その一つ一つの行いが、自分自身を、そして周囲の世界を救うのだ。悪魔たる我が輩が言うのだから間違いない!
さあ、お前たち人間よ、己の心の中に眠る「慈悲」の炎を燃え上がらせる時だ。
お前たちの慈悲が、この世界をどこまで照らせるか、我が輩は楽しみにしているぞ!
引用元:マサイ族の伝承 / 口頭伝承
