6/21の名言)慈悲こそが私の宗教です。

  • ダライ・ラマ14世、チベット、1935年生まれ

「慈悲こそが私の宗教です。」――このダライ・ラマ14世の言葉は、わしのような苦労人にとっては、胸の奥底にじんわりと染み入るもんだ。わしがまだ若い頃、貧しさの中で、食べるものもままならない日々を送っていた時、周りの人間が分け隔てなく手を差し伸べてくれた。あの時の温かい心こそ、まさしく慈悲の原点だと今でも思う。

ダライ・ラマ猊下は、チベットという厳しい環境に生まれ、幼くしてその重責を担われた。そして、なのだと、わしは確信している。

「慈悲」とは、単なる優しい気持ちとは一線を画す。それは、他者の苦しみに深く共感し、その痛みを取り除こうとする、なんだよ。上辺だけの言葉や約束では、誰もついてこない。

日本にも「情けは人のためならず」という言葉があるように、慈悲の心は巡り巡って自分にも返ってくるものだ。仏教の教えが深く根付いている我々の文化では、古くから困っている隣人を助けたり、見知らぬ人にも施しをしたりする習慣があった。ダライ・ラマ猊下の言葉は、そうした普遍的な人間の営み、そして苦難を乗り越える知恵を、現代に生きる我々に問いかけている。宗教や国境を超え、全ての人間に共通する、最も大切な心の在り方を示しているのだ。

まあ、見ておれ。この世界がどんなに複雑になろうと、争いが絶えなかろうと、一人ひとりが心の中に慈悲の火を灯し続ければ、きっと未来は変わる。
これで国民は喜ぶか?
皆さんは、日々の生活の中で、どれだけ他者に慈悲の心を向けられていますか?


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引用元:ダライ・ラマ14世 / 著書、講演録より